政治そのほか速
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博物学者・南方熊楠(1867~1941年)が好んだ「安藤ミカン」のジュースを、田辺市上秋津の農業法人「きてら」が初めて製造した。熊楠が農家を助けようと普及を図ったゆかりのミカンはさっぱりした味わいと上品な香りが特徴で、販売した90本はすでに完売。自信を深めた地元では来季に向け、特産ジュースとして増産する計画だ。(田山一郎)
安藤ミカンは、ハッサクに似たソフトボール大の晩柑。江戸時代、紀州藩田辺領地の藩士、安藤治兵衛の邸内に自生したと伝えられ、その名がついた。
熊楠の居宅の庭にもあり、熊楠は、果汁を搾って好んで飲んだほか、「ホテルで外国人相手に出せば、農家を潤す」と、かんきつ類栽培が盛んだった旧上秋津村(現・田辺市上秋津)の村長に苗木50本を贈った。
村長らは「ミナカタオレンジ」と名付け「世界的な学者の名前とともに海外に名を広げよう」と意欲を燃やしたが、戦争の激化で中断に追い込まれた。
同市では2000年頃から「熊楠ゆかりのミカンジュースを復活させよう」という取り組みが再燃。熊楠の旧居宅を管理する南方熊楠顕彰館(同市中屋敷町)から孫木を譲り受け、苗木を育ててきた。
今年、ようやく一定量の収穫にこぎつけ、1月末に農家15軒が収穫した約200キロを搾ったジュースを瓶詰めし、90本(1本500ミリ・リットル)を製造した。きてら専務の原拓生さん(46)は「ほかにない、すっきりした味わいと、気品のある香りに驚いた。熊楠が愛した理由がよくわかる」と喜ぶ。
顕彰館は「約80年の歳月を経て、熊楠の遺志を継ぐ貴重な取り組みは大変喜ばしい」とし、50本をイベント用に購入。残る40本は今月11日、産直店で1本840円(税込み)で販売され、1時間半で売り切れた。
きてらは来季に向け、苗木を協力農家に配り、収穫量を増やす計画で、「樹勢が強くて栽培にも手間がかからず、耕作放棄地の再生にもつながる。おいしいジュースを作っていきたい」と意気込んでいる。