これまで、私の周りで渋谷すばるはよくこう評価されていた。「あぁ、関ジャニの中で歌うまい人いるよね。あの人がそう?」。ジャニーズファンでなくとも「歌がうまい」ということは知られているようだけど、どうやら顔と名前がパッと出てくる存在ではないらしい。
すばるの歌がうまいことはファンの中では当たり前すぎる事実だ。それは関ジャニ∞のライブを観れば一目瞭然、錦戸亮や大倉忠義といったドラマの主役級メンバーをバックに、どセンターでマイクを握るのが彼のホームの居場所。足首をがっちり掴んでぐいぐいとマイワールドに引きずりこまれるようなその強烈な歌唱力と表現力は、一度ライブで観てしまったら誰もが一目置くはずだ。すばるが強い影響を受けている甲本ヒロトとは2012年1月、BSプレミアム『少年倶楽部プレミアム』(NHK BSプレミアム)で競演を果たし、ヒロトやマーシーらだけでなくクロマニヨンズファン達をも唸らせている。
存在が世間にそこまで周知されてこなかったのも無理はない。事務所で周りを見れば、歌って踊れて演技も司会もできるマルチタレントばかり。そんな彼らとは対照的に、デビュー後のすばるの10年間は不器用だった。俳優部門で目立った活躍はなく、バラエティでは愛想笑いに欠けるのでなんだかコワイ人と思われ、歌番組では歌に気持ちが入りすぎるあまり顔中シワクチャになりアイドルらしいかわいらしさはない。CD、ライブ、とにかく歌に注力を注ぎ続けてきた。関西ジャニーズJr.時代には「東のタッキー、西のすばる」とまで言われ人気を博しただけあって、非常に端正な顔立ちをしているにも関わらず、“歌を聞いてほしいからビジュアルは邪魔臭い”とばかりに、髪はセルフカットのおかっぱだったり、無精ヒゲをはやしっぱなしだったりした。ファンの本心は、「ジャニーズだからって何でもできるわけじゃない、歌にだけまっすぐで、そんな不器用さにキュン!」……な一方、「もう少し大衆受けする振る舞いすればいいのに、もったいない」というところも少しあったはず。
ーー「アイドルらしくピースとかでけへん。それくらい歌に必死だから」。
半端な歌を歌ってこんなこと言っていたら、この映画はなかったはずだ。
歌と大阪にフューチャーしたオリジナル映画、『味園ユニバース』。映画単独初主演となる渋谷すばるの役どころは、歌以外のことを忘れてしまった記憶喪失男、ポチ男。荒れた生活を送る中、対抗する不良グループに襲われ、記憶も持ち物もなくしてしまった。…やむなく公園で寝泊まりしていたポチ男に訪れた転機は、偶然近くで行われていた野外ライブだ。他バンドの演奏中にフラフラとステージに割り込み、和田アキ子の「古い日記帳」のワンフレーズを歌い、そして失神してしまう。そこを、割り込まれたバンド「赤犬」と、二階堂ふみ演じる赤犬のマネージャー・カスミに拾われ、カスミの実家が営む小さな音楽スタジオでの生活を始める。歌とともに生きる、ポチ男とカスミと赤犬。ポチ男の歌声が、父親を亡くし心を閉ざしていたカスミの心を溶かしていき、まっすぐなカスミとの生活でポチ男の閉ざした心も開けてくる。しかし、歌い続けるうちにポチ男の荒れた記憶が蘇り始めてーー。
「不器用で歌が唯一の取り柄だなんて、ポチ男って本当にすばるにそっくり」。
映画を観ながらそう思わされていたら、すでに彼の手中だ。だってそれはすばるではなくポチ男だから。「ジャニーズのスターでありながら不器用に過ごしてきた33歳」という彼にしかない人生経験が、いつの間にか、ジャニーズっぽくない激渋俳優へと成長させてしまっていたのだ。「関ジャニの中でしいて言えば……」ではない、「歌手・俳優/渋谷すばる」が、この作品で世に放たれた。
女優・二階堂ふみ、監督・山下敦弘という、超実力派キャスト・スタッフに巡り会えたことは、不器用ながら真っすぐに生きてきたすばるだからこそ訪れたビッグチャンス。才能が才能を引き寄せ、化学反応を起こし、唯一無二で新たな空気感が生まれる。『味園ユニバース』の強くもあたたかな世界観が詰まった、ポチ男とカスミが二人でスイカを食べるシーンは必見だ。
ディープな大阪カルチャーも見逃せない。大阪に実在するライブハウス「味園ユニバース」と、それ周辺に広がる「ウラなんば」エリア、そして漫才コンビ・天竺鼠の川原、大阪で20年活動するバンド・赤犬がキャストで登場……と、大阪芸術大学で青春を過ごした山下監督ならではの世界観が満載となっている。
エンディングテーマと劇中歌が両A面になった、渋谷すばるソロ初シングル『記憶/ココロオドレバ』は、インフィニティ・レコーズより2月11日から発売中。すばる作詞作曲ナンバーも2曲収録され、仕様は紙ジャケットで超渋い! そして、映画の舞台となった会場「味園ユニバース」を皮切りに1月からスタートしているソロライブツアーも、絶賛公演中だ。『味園ユニバース』はロッテルダム国際映画祭に出品されたし、2015年、すばらーのドヤ顔が止まらない!(夏トマト)