政治そのほか速
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米議会に地上部隊投入を承認する決議案を送り、ついに「イスラム国」との地上戦に臨む覚悟を決めたオバマ大統領。しかし、かつてイラクやアフガンの戦場が泥沼化したように、圧倒的な戦力を誇る米軍とはいえ、今回の戦いもひと筋縄ではいかなそうだ。
そもそも、イスラム国には「戦場の約束事」がまったく通じない。
実は、現代の戦争には多くの“ルール”が存在する。20世紀前半の2度の世界大戦で、多くの民間人の巻き添えや捕虜への虐待・虐殺を経験した国際社会は、ジュネーブ条約に代表される「戦時国際法」を整備してきた。
国家の正規軍である米軍と、神出鬼没のゲリラ戦を展開するイスラム国の戦いは国家対国家の“狭義の戦争”とは異なる。しかし、1978年に「ジュネーブ諸条約追加議定書」が発効して以降は、不正規軍のゲリラであっても「武器を公然と携行する」なら、民間人ではなく「戦闘員」と認定される。戦闘員は戦場での行動を厳密に規定される一方、敵に捕虜として捕まった際は国際法の規定に基づき保護される。
しかし、イスラム国はこうしたルールなど眼中にない。捕虜を焼き殺したり、引き回した末に処刑し、民間人をも捕らえて斬首する。それらの映像を公開することで、相手側に“恐怖”を植えつけるのが彼らの常套(じょうとう)手段だ。
また、“聖戦”という大義があるため、彼らは死も恐れない。多くの兵士は鋼球を詰めた高性能爆弾付きの自爆ベストを着用し、あらゆる場所が自爆テロの舞台となる。
ソ連・アフガン紛争やボスニア内戦など多くの実戦経験を持つ元傭兵の高部正樹氏はこう警告する。
「彼らの多くは麻薬を常用しており、恐怖も痛みも感じない。数発被弾しても平気で戦闘を続行し、最後は自爆するかもしれません。まるで『バイオハザード』のゾンビのようなものです」
一方、相手がそのイスラム国であっても、米軍兵の行動は一定のルールに縛られる。国際法や米国内法、現地の法律や法典などを元に、戦場ごとに交戦規定(ROE)が策定されるのだ。アフガニスタンに1度、イラクに3度派遣された経験を持つ米空軍の内山進中佐はこう語る。
「敵に対して、どの程度の武器を使えるか。周りの市民に危険を与えないためにどうするか。こうしたことを定めたROEの策定には弁護士資格を持つ米陸軍の士官が携わります。JAG(軍事法務担当士官)と呼ばれる彼らは、基地だけでなく前線まで同行し戦闘中の司令官にアドバイスします。
アフガニスタンのカブールで暴動が起こった際、私が乗ったMRAP(耐地雷・伏撃防護車両)が動かなくなり、やむなく外に出たことがあります。ある兵士は『暴徒が武器を所持しているのが見えた』と言い、ほかの兵士は『武器は見えなかった』と言う。その間にも暴徒は少しずつ近づいてくる。判断に苦しみJAGに連絡しましたが、発砲が許されず口論になったのをよく覚えています。
ROEを破った軍人は、戦争犯罪人として米軍刑務所に入れられます。英雄と戦争犯罪人はROEを境界線にして紙一重。これが現代の戦争なのです」
2011年5月、深夜の奇襲作戦でオサマ・ビンラディンを射殺した米海軍特殊部隊シールズの隊員たちも、作戦実行前にはROE担当の士官から「両手を上げて裸で出てきたら発砲してはならない」と言い渡されていたという。
では、対イスラム国の地上戦において、こうした“ルールの不均衡”はどんな影響を及ぼすのか?
「問題はモスルのような大都市での市街戦です。民間人の犠牲者が出れば現地の世論は反米に向かう。イスラム国の兵力約2千人が立てこもる陣地をひとつずつ潰していくしかありませんが、敵は自爆要員を配置し、民間人を“人間の盾”にする可能性が高い。作戦は困難を極めるでしょう」(軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏)
しかも、こうした困難をくぐり抜けてイラクやシリアで勝利を収めたとしてもイスラム国を根絶できるとは限らない。中東情勢に詳しい東京財団・佐々木良昭上席研究員はこう警告する。
「イスラム国をがん細胞にたとえれば、仮に本拠地を叩けたとしても“転移”する先はいくらでもある。リビア、ヨルダン、サウジアラビア、バルカン半島、中国・新疆(しんきょう)ウイグル自治区…。特にリビアにはイスラム国にバイア(追従宣誓)したふたつのイスラム過激派戦闘集団がある。新たな本拠地となる可能性は十分にあります」
アメーバ戦略とも称される神出鬼没のイスラム国との戦いには、絶対に安全な“後方”などないのだ。
(取材/世良光弘 小峯隆生)