イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による日本人やヨルダン空軍パイロットの殺害事件を受け、国連安全保障理事会は非難声明を発表、米軍を中心とする有志連合は「イスラム国壊滅」に向けて大攻勢を仕掛ける構えだ。一方、日本では、激動する世界情勢の中で、国民の生命と財産を守るため、首相直属の対外情報機関の創設を求める声が強まっている。米国のCIA(中央情報局)や、英国のMI6(秘密情報局)のような組織を創設することで、残忍・狡猾な国際テロ集団などと対峙しようという構想だ。
「政府の情報機能を強化し、より正確かつ機微な情報を収集して国の戦略的な意思決定に反映していくことが極めて重要だ。ご指摘のような対外情報機関の設置については、さまざまな議論のあるものと承知している」
安倍晋三首相は4日の衆院予算委員会でこう答弁した。警察官僚OBで「外事警察のプロ」である自民党の平沢勝栄衆院議員の「対外情報機関を創設すべきではないか」という質問に答えた。
先進主要国で、国際テロや大量破壊兵器、諸外国の政情などの海外情報を収集・分析する情報機関がないのは日本だけだ。同じ敗戦国であるドイツですら、BDN(ドイツ連邦情報局)を持っている。現在でも、外務省や防衛省、警察庁、公安調査庁などが、情報収集や分析にあたっているが、人員や予算面の限界や、省庁の縦割りの弊害などが指摘されてきた。
こうしたなか、日本人10人が犠牲となるアルジェリア人質事件(2013年1月)が発生した。国際テロの情報収集力不足など、日本の危機管理上のさまざまな問題点が浮かび上がった。
この事件を受け、対外情報機関創設の機運が高まり、超党派の衆院議員団は昨年1月、英国を訪問し、国外情報を収集するMI6や、テロリストやスパイを監視するMI5(情報局保安部)などを視察した。MI6は、映画「007シリーズ」で、ジェームズ・ボンドが活躍した組織である。
視察後、参加議員の多くは、「紛争回避やテロ防止、防衛力強化のためには、対外情報機関は不可欠だ」「他国の情報に頼るのは独立国のすることではなく危険だ」と感想を語った。
自民、公明両党は昨年4月、対外情報機関の創設に向けて協議を進めることを確認した。そして、日本人にテロの脅威を改めて実感させた今回の事件を契機に「早急に詰めないといけない」(石破茂地方創生担当相)との声が高まっている。
日本の「情報のプロ」たちは対外情報機関の創設には賛成だが、外務省主導ではなく、首相直属の組織を提案する。
初代内閣安全保障室長の佐々淳行氏は「『外交一元化』の名のもと、重要情報は外務省に集中してきたが、その情報を外務省が官邸に入れないケースが多々あった」と指摘し、こう続ける。
「安倍首相は今回、この苦しみを数カ月間にわたって味わい続けたのではないか。過去にも、重要な情報を外務省が握りつぶしていたことが後に発覚し、当時の小泉純一郎首相が激怒したことがある。戦前は首相直属の情報機関があったが、GHQ(連合国軍総司令部)の意向で廃止された。海外での日本人誘拐や身代金要求の多発が予想される今こそ、これを復活させなければならない」
元公安調査庁調査第2部長の菅沼光弘氏も「外務省の領事部や中東アフリカ局に、邦人保護で活躍できる人材がおらず、今回の事件では事実上何もできなかった。首相直属の対外情報機関を作らない限り、国際テロに対峙することなどできない」と語る。
対外情報機関を創設するメリットは、テロ対策だけにとどまらない。
前出の佐々氏は「慰安婦問題などで、中国や韓国が虚偽の情報を国際社会に流布するのを防ぐため、新機関に“日本の悪口探し班”を設けることも必要だ。各国の閣僚らの発言を常時チェックし、首相や官房長官の名で国連総会などで反論する態勢を作る。そうすれば『うかつに悪口を言えばすぐ反論してくる国』という認識が国際社会に定着する。ともかく、世論も熟してきている。安倍首相は、安全保障法制整備の次は、対外情報機関の創設に本気で取り組むはずだ」と語る。
「国民を守る」という、国家として当然の責務を果たすための態勢を整えなければならない。