政治そのほか速
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【ワシントン=志磨力】安倍首相は28日午前(日本時間28日深夜)、米ホワイトハウスでオバマ大統領と会談した。
両首脳は記者会見し、日米同盟が、世界の平和に貢献しているとの考えを強調した。会談に合わせてまとめた「日米共同ビジョン声明」では、戦後の和解から始まった日米両国は、70年間にわたって世界の平和や繁栄に貢献するなど、模範的な2国間関係を築き上げたとの歴史観を共有していることも打ち出した。
首脳会談は予定の時間を30分超え、2時間近くに及んだ。両首脳の会談は昨年11月以来で、今回は岸田外相、中谷防衛相も同席した。
会談後、安倍首相とオバマ氏はホワイトハウスで共同記者会見を行った。
オバマ氏は冒頭、「日米同盟を通じ、これからも未来を築いていきたい」と述べ、新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)によって同盟関係を強化していく考えを強調した。首相は「日米は新たな時代を切り開いていく。強い決意をオバマ大統領と確認することができた」と応じた。
オバマ氏は、東・南シナ海で問題となっている中国による強引な海洋進出について、「中国は東アジアや東南アジアで力を拡大しようとしている。中国のやり方は間違っている」と批判した。
沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題について、オバマ氏は「より柔軟に対応したい」と述べ、首相は「負担軽減を日米の強い信頼関係のもとで進める」と日米の連携を強調した。
安倍晋三首相が夏に発表する戦後70年談話に向けて設置した私的諮問機関「21世紀構想懇談会」(座長・西室泰三日本郵政社長)は22日夕、4回目の会合を官邸で開いた。先の大戦後、日本による米国や欧州、オーストラリアとの和解の努力について評価する意見が相次いだ。
5月に予定される次回会合では、中国や韓国との戦後の和解について議論する。戦時中の強制連行の被害者への補償などが議題になるとみられ、注目を集めそうだ。
会合冒頭では、外部有識者として参加した東大の久保文明教授と慶大の細谷雄一教授の2人が、戦後日本が旧敵対国と和解に至った経緯を説明。
統一地方選で21日告示された122町村長選と373町村議選は午後5時に届け出が締め切られ、総務省によると、町村長選は全体の43・4%に当たる53町村が無投票になった。町村議選(総定数4269)は89町村の930人が無投票で当選した。前回2011年から37人増え、総定数に占める割合は21・8%で、03年の23・3%に次ぐ高さとなった。
町村長選の無投票当選率は前回から約5ポイント下がったものの、道府県議選の21・9%や市長選の30・3%を上回り、今回の統一選で最も高かった。
【ソウル=豊浦潤一】韓国政府は14日、加藤達也・産経新聞前ソウル支局長(48)に対する出国禁止措置を解除した。
日韓外交筋は「日韓関係のトゲを抜いた」と評するが、本格的な雪解けに向かうかは不透明だ。
韓国外交省報道官は14日の定例記者会見で、「検察当局が取った措置だ。韓日関係とは無関係だ」と述べ、外交的な懸案ではないとの従来の立場を繰り返した。だが、別の韓国政府関係者は14日、本紙に対し、「対日外交への配慮もあった」と打ち明けた。
韓国政府にとって加藤氏の出国禁止問題は、日韓外務当局者同士が協議を行うたびに日本側から持ち出され、頭痛の種となっていた。
最近では、対北朝鮮や対中国への戦略上、日米韓の連携を強化したい米国から、日韓和解を求める圧力が強まっていた。韓国の知日派の国会議員は、「在韓米大使館員と会うと、『日本との関係改善は一体どうするつもりか』という話ばかりだ」と明かす。
ワシントンでは16日、米国の主導により日米韓外務次官会談が行われる。その後、今月末から安倍首相が訪米する予定だ。朴槿恵(パククネ)大統領も6月にも訪米の見通しで、韓国は事前に関係改善に取り組む姿勢をアピールする必要があった。
日韓安保対話でソウルを訪問した外務省の伊原純一アジア大洋州局長は14日、「あらゆることを契機に日韓関係がさらに良くなることを希望している」と報道陣に語った。しかし、今回の措置が契機となって日韓間の懸案が解決し、安倍首相と朴大統領との首脳会談に結びつくかは依然、予断を許さない。韓国側は今回の措置を糸口に、いわゆる従軍慰安婦問題で日本側から「誠意ある解決策」を引き出したい考えとみられる。日韓の主張の差は大きく、出口が見えない状況が続いている。
元マラソンランナーでタレントの松野明美氏(46)=無所属=が12日、熊本県議選の熊本市第1選挙区(定数12)で初当選した。熊本市と旧植木町の合併に伴う2010年の熊本市議増員選挙で初当選後、2期務め、くら替えに成功した。
松野氏は市内の選挙事務所で支援者らに「若手指導者を育成し、20年の東京五輪に熊本から選手を出したい」とあいさつ。記者団に「(当選は)ゴールではなく、フルマラソンのスタートライン。中だるみすることなくやっていきたい」と決意を述べた。
松野氏は1988年のソウル五輪陸上女子1万メートル代表で、その後はマラソンでも活躍した。